高田和政建築設計室

インド旅行記2

インド北部の都市シャンティーガールを訪ねて

数年前に新婚旅行で初めて訪れたインドに興味を持ち、それ以来その強烈な国民性について時々ふと思い出すように考えていた。インドという国はインド人で出来ている。勿論、国とはそういうものだが、インドは特別に「人」という要素が国の大きな特徴となっている。今や中国をも追い抜きそうな勢いの人口、多様な人種、言葉、宗教、食文化、そしてそれらを強引に纏める寛容さ。インド人をひとくくりにする思想そのものをインドという国で体現しているように思う。

そのインドに今から60年前、気候も文化も違うフランスから一人の建築家が都市計画を依頼された。

当時、そのフランス人は本国では新進気鋭の建築家で、それまでの建築の概念を変え、その後の建築に広く影響を与える「モダニズム」という概念を提唱した人物である。彼は滞在中、インド人そしてその世界観から大きな影響を受け、風土を敏感に感じ取り、自身の設計理念のもと一つの都市を創りあげた。

今回の旅の目的はその都市シャンティガールを訪れる事であり、その滞在を通して強く感じたことは「建築は人間の使うもの」ということであった。

モダニズムとは非常に強い規制である。モダニズムという定規で測ることですべての混沌を整理し、理解、コントロールできるようにすることだけでは人々は幸せには生きられない。モダニズムを人々が使いこなしてこそ幸福になり得るのである。それにはモダニズムに対抗できるほどの強い国民性でないと、モダニズムの理屈に取り込まれて息苦しくなってしまう。

インドではモダニズムは単なる道具として使われていた。崇められず、無視されず、自分たちの社会に添うように所々修正しながら。しかしながら、その行為には本質的な心地良さの理解がされていた。これがつまりインドという国のコンセプトである寛容さということである。物事に単一のルールをつくっても、あまりに多様な他者がいる社会では機能しない。そのようなものより、間近の隣人との関係性を調整できる道具を使う。それがたとえ差別につながるカーストのようなものであっても。日常的な道具として人に使われているインドのモダニズム。コルビジェとインドの出会いは幸せな出来事であったと思う。